最近気になった本

平冒五輪が終了した。日本選手の大活躍もさることながら、人間が能力の限界に挑戦する連日の熱戦は、どれをとっても大きく心を揺さぶられるところがあった。今回の五輪は科学的なトレーニング・アプローチがいかに人間の無限の可能性を引き出すかが鮮明になった大会でもあったと思う。

考えてみれば異例の五輪であった。ミサイルを太平洋に向けて隣接する北朝鮮と目と鼻の先で、世界のアスリートたちが集い熱戦を繰り広げた。3月8日から3月18日までは今度はパラ五輪のアスリートたちが熱戦を繰り広げるが、その終了までは何とかこの厳しい現実から目を背けていられることをただ願うだけだ。

さて、還暦を迎えて大学生になった私も、すでに学部生として2年間が過ぎてしまった(私の場合学士入学なので3学年からの編入ということである)。大学指導要領の変更に伴って、1年が4学期制となって、最終学期は1月の中旬には終了してしまったので、留年を決め込んでいる私には4月の新学期までは相当に時間がある。ということで、今回は最近気になった本と映画の話を書くことにした。

ご紹介したいのは、物理学者アルバート・アインシュタインと精神分析学者のジグムント・フロイトとの間で交わされた書簡である。本の名前は『人はなぜ戦争をするのか』(浅見昇吾訳、講談社学術文庫、2016年出版)。この書簡のやり取りのいきさつには非常に興味を惹かれる。第一次大戦後に発足した国際連盟が、当時すでにノーベル物理学賞を受賞していたアインシュタイン(1879年生まれ-1955年没)に公開書簡の交換を依頼した。依頼の年は1932年というから、ドイツでヒトラー政権が誕生する一年前である。依頼の内容は、「今の文明において最も重要だと思われる事柄について、一番意見を交換したい相手と書簡を交わしてください」、というものだった。そこで、アインシュタインが選んだテーマは「戦争」、書簡の相手はフロイトだった。書簡の交換は一回きりで、アインシュタインのフロイトへの質問状の分量はわずか9ページ、フロイトからの返信は34ページ、残りの部分は解説となっていて総ページ数は100ページといういたって簡素な本である。

アインシュタインは「人はなぜ戦争をするのか、どうしたら戦争を防げるのか」、という非常に重い質問をフロイトに投げかけている。その後に起こる、はるかにスケールの大きい悲惨な大戦を予見していたのであろうと思われるが、そのひたむきな問いには大きな意味がある。何よりも私の興味を引いたのは、その大きな問いを精神分析のパイオニアであるフロイトに向けて発信した点である。その当時、この問いについて盛んに発言を行っていた人はたくさんいたはずである。にも関わらず、社会学者や政治学者でもなく、平和運動家でもないフロイトにしたところが非常に面白い。その重大な問いに対しフロイトは戸惑いながらも、自分の研究分野の立場からあくまでも丁寧に返答している。「はたして人間は戦争をなくせるのか?」という重要なテーマについて真摯に向き合う2人の偉大な科学者の対談の内容についてはそれぞれの読者が自分で解釈をするべきだと思うので、ここでは触れない。

これほどの興味深い本がごく最近になるまで出版されなかったことには、2人ともユダヤ系であり、ヒトラーの台頭で国外に逃亡せざるを得なかったという事情があると訳者が書いているが、大宇宙の成り立ちについて斬新な発想でもって切り込んでいったアインシュタインのシンプルな問いに対する、人間の内宇宙に向かって精神分析というこれも斬新な手法で切り込んでいったフロイトの真摯な答えは、問いも答えも誰にでも理解できるようにシンプルな言葉でなされているだけにずしりとした実在感があり、現代が抱える問題に十分通ずる内容を持っている。吉川明日論お薦めの一冊である。

  • 「人はなぜ戦争をするのか、どうしたら戦争を防げるのか」の表紙

    「人はなぜ戦争をするのか、どうしたら戦争を防げるのか」の表紙 (筆者所蔵イメージ)

アメリカ映画「コンタクト」

さて、もう1つの話題として映画の話をしたい。ここにご紹介する映画は1997年のロバート・ゼメキス監督、ジョディー・フォスター主演の「コンタクト」である。原作は科学者でSF作家でもあるカール・セーガン。20年前に作られた映画とは思えないほどよくできている。監督のゼメキスは懐かしい「バック・トゥー・ザ・フューチャー」などで有名である。この映画を選んだのは私がジョディー・フォスターの大ファンであるからだけではない。ここでは「人間とは何か、これからどこへ行くのか?」という前述の本に通ずるテーマが扱われる。簡単にあらすじを紹介すると:

  • SETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence:地球外知的生命探査プロジェクト)のリーダー科学者であるエリー(フォスター)は政府の予算カットにもめげずに、巨大電波望遠鏡により遂に地球から25光年離れた星雲Vegaから人為的と思われる信号の受信に成功する。
  • その信号は表向きは無機質な素数の連続であるが、解析すると実は50年前にナチスドイツのヒトラーがドイツで開催したオリンピックの実況のために送った電波放送を受信したVega人からの信号受信の通知であった。しかし、その信号をさらに解析してみるとそこには宇宙船と思われるポッドとその巨大発射装置の設計図が織り込まれていた。
  • 事実を公開したアメリカ政府は、高度な技術と巨額の費用を要する巨大装置を世界各国の協力を得て(ここでは日本が重要な役割を担う)建設にかかる。
  • 紆余曲折後、遂に完成した宇宙船に自ら乗り込んだエリーが経験したこととは…

という風な具合であるが、SETIというプロジェクトは実際に世界に展開する実在のプロジェクトであり、特にスピルバーグの映画ET(Extra-Terrestrial)でこの言葉を覚えた方もおられると思う。しかし、この映画ではへんてこな格好をしたVega人などは登場せず、ひたすら人間と宇宙、人間と神、大宇宙と人間の内宇宙というテーマが繰り返し扱われる。無神論者で徹底的実証主義科学者のエリーが天文学を学び、地球外知的生命体の探査に関わったのは「我々はいったい何者なのか?」という疑問の答えを探すためだ。乗務員選考委員会の最終段階でのエリーへの質問が面白い。

選考委員:最後の質問です。あなたがVega人と会ったとして、1つだけ質問するとしたら何を聞きますか?
エリー:それだけ高度な文明をどうやって自滅せずに今までやってこられたのか?

  • 「コンタクト」のDVDパッケージ

    「コンタクト」のDVDパッケージ (著者貯蔵イメージ)

アインシュタインは沢山の格言を残したことでも知られる。時々はっとさせられるものがあるのはさすがに天才だからか。その中の2つをご紹介しよう。

  • 私に畏敬の念を抱かせるものは二つあります。星が散りばめられた空と、内なる倫理的宇宙です
  • 私たちが体験しうる最も美しいものは神秘です。これが真の科学の源となります。これを知らず、もはや不思議に思ったり、驚きを感じたりできなくなった人は死んだも同然です

前述の本と一緒に吉川明日論お薦めの映画である。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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