少子高齢化で課題となる技術者の人財育成にiPadとARアプリを活用

東京都心部を中心とする地下鉄9路線を運営する東京地下鉄(東京メトロ)。同社は部署ごとにアプリ開発を積極的に行っており、例えば訪日外国人向けの乗換案内アプリなどがよく知られている。なかでも、アプリ開発・活用において社内で最先端と目されているのが、同社において「土木構造物」と呼ばれるトンネルや橋りょうを日々メンテナンスする土木課である。

その土木課では、トンネルや橋りょうといった土木構造物の検査業務にiPad専用アプリケーションを開発し、2015年4月より業務で利用している。このアプリの活用により、ひび割れや漏水の発生位置などの確認・記録作業が効率的に行えるようになっている。

さらに、同社はこうした検査作業を行う技術者の教育用として、AR(拡張現実)技術を活用したiPad専用アプリを開発し、2017年5月から新入社員研修などに用いている。

土木構造物の維持管理用教育アプリは、先述した2015年度から運用している土木構造物の検査業務用iPad専用アプリを拡張開発したもので、東京メトロの総合研修訓練センターに設置されている模擬トンネル、模擬橋りょう・高架橋での研修に活用されている。

具体的には、模擬トンネルや模擬橋りょう・高架橋において、iPadアプリの画面上に実際のトンネルや橋りょう・高架橋に存在する変状を再現することができるようになっている。そのため、検査業務用アプリを用いた実際の検査業務と同じ手法・手順で、維持管理技能の模擬体験が可能となる。これにより、研修生の理解度の向上が期待できるのだ。

鉄道本部工務部土木課 課長補佐 今泉直也氏は次のように語る。

  • 東京地下鉄 鉄道本部工務部土木課 課長補佐 今泉直也氏

「少子高齢化で技術者の確保が厳しくなりつつあるとはいえ、安全な運行を維持するには、トンネルや橋りょうの検査、補修計画、補修、検査というサイクルを回し続けなければなりません。そのためには、検査の段階で変状を発見できることが何よりも大事です。そこで、技術者の『目』を養う人財育成を効果的に行えるよう、AR技術の活用に思い至りました」

そもそも、土木の技術者向けの研修は難しいという。トンネルや橋りょうのような特殊な環境で実地研修を行おうとすれば、安全面でも時間の面でもかなりの制約が生じてしまうため、どうしてもテキストや写真による研修がメインとなってしまうのである。しかし、それでは現実とのギャップを埋めるのが困難だ。そこで東京メトロが着目したのが、ARだったというわけだ。

現物との違和感を抑えるべくコンテンツの作り込みに注力

土木構造物の維持管理用教育アプリの開発期間はわずか半年ほどだった。当初の課題は、総合研修訓練センターにある模擬トンネルは実際に使用されているトンネルと較べて壁面がキレイなため、ひび割れなどの変状をどのように再現するかにあった。そこで、変状をうまく再現するための手段としてARが浮上したのである。

とはいえ、変状の表示のさせ方がなかなか難しく、例えばトンネルでは変状と周囲との画像になるべく違和感が生じないよう、変状の周囲を加工してなじませるなどの工夫が凝らされた。

土木課の榎本祐輝氏は、「デザイナーと何度も徹底的にやりとりを重ねました。アプリそのものよりも、そこで表示するコンテンツを作るほうが時間がかかりましたね。現物の土木構造物との差があるのはどうしても仕方ないのですが、ある程度アプリで補うようにして理解しやすくするよう心がけました」と振り返る。

  • 東京地下鉄 鉄道本部 工務部 土木課 榎本祐輝氏